大学受験予備校の歴史
現在よりも140年も前に学制が作られ、中学校や専門学校や大学へ入学するための予備校が存在していました。歴史上最も古いのは研数学館、駿台予備校などです。戦後、大学受験が大衆化していき、今の河合塾や代々木ゼミナールの原型ができていきました。
1970年~1990年代の前半に就職のために良い大学に行くことが重要視されてきました。そして、そのころは浪人して大学に行くことが一般的だったので、大学受験予備校は浪人生が大学受験のために学習する場だったのです。
1979年頃、当時の文部省が実施し始めた「共通1次試験」、この試験を受けないと国公立の大学へはいけません。この試験への対策が、塾や大学受験予備校に対する需要となっていったのです。
1980年代から1990年代にかけては、第一次ベビーブームで生まれた子どもたちが、大学受験をする年頃になったことや、バブル経済の時期であったことなどが原因で、大学受験予備校もブームを迎えていきます。子どもの数が増えるということは、大学受験で合格することが難しくなるということを意味します。そのことによって、倍率が高くなると、問題を難しくして入試の点に差をつけなければいけません。そうなると、難解なあるいはくせのある問題を解くテクニックを教えるために塾や大学受験予備校は増え続けるという流れになるのです。
1990年代に入ると少子化などが原因で大学の競争率が落ち、浪人することは以前より少なくなりました。このころから、大学受験予備校は現役で合格させることに重点を置いていき、推薦入試やAO入試などの対策が必要になってきました。